心が折れた瞬間を事後認知した女の子の話

夜でとっても眠いので、散漫な文章になるかもしれないけど、

どうしても忘れたくない気持ちだったから書いた。

 

私は、誕生日企画でメンバーが祝われている動画を見ていた。

 

来年継続する仲間も継続しない仲間もたくさんいる。

 

そこで、まじでふと思った。

「いつからだっけ、人を変えることを諦めるようになったのは。」と。

 

自分が満を持して採用した子たちが

自分達の団体にいて得られるものがない、とか

事業の価値が分からない、と言って軒並みやめようとしていた姿を見たとき、

自分が作りたい組織の像じゃ無さ過ぎて絶望した。

 

1年生からパキパキ成果なんて出させようとしないで、

ぬくぬく愛のある組織で育って

2年生とか3年生になって成果を出してくれればよかったのに。

 

何だこれは。何なんだこの景色は。

みんな、アイセック好きだからやる、やめたくないからやる、でいいじゃん、

1年生なんだし。

それで終始苦しんでいた子は実際にいる。

だけど、ほとんどが花咲いてきたし、続けてきてよかったって言っている。

 

私が満を持して採用したんだ、

絶対みんながこの選択を正解にしようと思ったら

正解になる子たちばっかり集まっているはずだ。

 

何でこんな景色を自分が見ているんだ。

 

何でこんなにみんな寄ってたかって自己肯定感下げてんだ?

 

マジで全然分からない。

 

私だって、世界を愛で包むことが出来たら救えるのかもしれないと思っていた。

 

現実はそんなに甘くなかった。

だけど、なんか違う。

 

そして、やめたい、迷ってる、とかの話が自分に集中したある時、

心がぽきって折れた。

「やめたいならやめればいいじゃん」

「まあでも、あなたが思う大学生活送れんと思うけどな」

みたいなことを思うようになった。

最悪じゃん、全然なりたい姿でもありたい姿でもなかった。

 

この出来事がもたらしたのは、組織力の低下だけじゃない。

「人は変われるし、その手伝いをしたい」と

意気揚々と言っていた一人の人間の心を折ってしまったのだ。

 

って書きながら、人生を賭して人を変えていきたいなら、

もっともっと苦しいだろうな、って思った。

もしかしたら、この出来事なんて始まりにすぎないかもね。